3月号(2014)
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共同体として四旬節の歩みを行いましょう

共同体として四旬節の歩みを行いましょう

1.四旬節の意味

 

+ 教会の長い伝統によると、四旬節には二つの“性格”があります。(参照:第二バチカン公会議:“典礼憲章”、109)すなわち、洗礼(準備または記念する)と回心。四旬節の40日間の歩みの目的は、意識的に聖なる過ぎ越しの神秘を祝うことです。

最初は、この40日間の期間が洗礼志願者と、大きな罪を犯すことによって神と教会から離れた人々のために定められました。

しかし、すべてのキリスト者にとっても、洗礼の意味を深めることと、回心の道を継続的に歩むことは大切ですので、四旬節が全教会の務めとなりました。

ですから、四旬節の務めに励むのは、“清い心で復活祭を迎え、御子の過ぎ越しの神秘を祝う”ためです。(参照:灰の水曜日、灰の祝福の祈り)

+ A年である今年の典礼の朗読は、回心の意味と目的が語られ(第1と第2主日)、初代教会の時から洗礼志願者の養成のために利用された個所が提供されます。

第3主日:主イエスはサマリアの女に生きた水を約束します。(ヨハネ4章)

第4主日:主イエスは生まれつきの盲人を癒やしてくださいます。(ヨハネ9章)

第5主日:主イエスはラザロを生き返らせます。(ヨハネ11章)

+ 灰の水曜日の典礼は、すべてのキリスト者に呼び掛けてくださいます。

一人一人、そして共同体全体が、主イエスの福音に反することを退け、謙遜な心で犯した罪を認め、回心の姿勢を取るために。特に四旬節の時に、信仰生活が継続的な回心の道であることが明確にされます。

実際に、“自分のふところに罪人を抱いている教会は、聖であると同時に、常に清められるべきものであり、悔い改めと刷新との努力を絶えず続ける。”

(第二バチカン公会議:“教会憲章”、8)

灰の水曜日には、私たちの頭の上に回心のしるしである灰を受けながら、謙遜な心で個人としても共同体としても私たちの生き方を見直し、回心の道を歩むように祈りましょう。

+ 四旬節に全教会のために定められたのは、回心ですが“ただ内的、個人的なものでばかりでなく、また外的、社会的なもの”(第二バチカン公会議:“典礼憲章”、110)ですので、共同体としても回心の道を共に歩み、そのためにお互いに助け合うはずです。

これを考えて、私たちの共同体のために、“共同体としての回心の歩み”という四旬節のテーマはとても適切であると思います。

+ 洗礼も四旬節の大きなテーマです。この秘跡によって信者たちの人生の中で最も深い、根本的な変化が行われます。

罪の死から神の子としての新しい命へ。

洗礼に向かっている求道者の歩みを共に支えながら、私たちが受けた洗礼の意味に新たに目覚めましょう。使徒パウロの言葉で言えば、“私たちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためなのです。”(ロマ 6、4)

 

2.四旬節の務め

伝統的に三つのことが強調されています。それは祈り、節制と愛のわざです。

別な方法で今年の私たちの教会のプログラムをお知らせする予定ですが、上記の三つのポイントに従って行なわれます。

+ 祈り

神との会話ですから、四旬節の間には、“聞く”という姿勢を育てることは特に大切です。

毎日、御言葉を読み、それを祈りの出発にするといいでしょう。家庭の中で時々でもそういうことが出来れば素晴らしい結果が現れると思います。

教会で行われる聖なる朗読の集まりに参加することで、私たちの教会が神の御言葉によって養成されることを体験するようになります。

+ 節制

物質的なものによって惑わされないように、もっと清い心で神に近づくように、貧しい状態の中に置かれている兄弟たちにもっと目覚めるようにと、節制が勧められています。

食べ物と持ち物について節制を行うことができれば、見ることについても節制を行うことができます。イメージの時代と言われている私たちの社会の中で、いろんな方法で節制を行うことができます。

+ 愛のわざ

回心を通して、神により忠実に近づくことで兄弟たちにも近づきますので、より広い心で彼らの状態と苦しみを分かち合い、キリスト者として奉仕の姿勢を実行するということです。

 

私たちの教会が、四旬節の祈りと回心の歩みをふさわしく行うことによって、新たな心で主イエスの死と復活の神秘を祝うことができますように心から祈ります。

2014年2月19日     兄弟である神父  ジャンピエロ ブル二

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