2月号(2014)
Home > 聖家族誌 > 2月号(2014)

良心の養成は、信仰の養成の重要な部分です。

良心の養成は、信仰の養成の重要な部分です

序言

第2バチカン公会議によってもたらされた実りの中で、二つのことが特に目立ちます。

まず、すべての信者の養成は御言葉を親しむことによって行われると明確に勧められています。(参照:神の啓示に関する教義憲章 25)

これまでの50年の間に、多くの信者達が聖書に親しみ、それによって養成されました。そして、成熟した信仰を持つようになった信者達は、よく理解するようになった福音の価値観を、良心に従って日常生活に活かすよう励まされています。

私達の世界では義務教育の広まりによって、現在がどの時代よりも、多くの人々が直接に聖書から学ぶことが可能です。

その反面、良心に従って生きると言ってもそれを実行するのは簡単ではありません。なぜならば人間の自由が原罪によって傷つけられているので、善を見てもそれを行なわないという場合があります。(参照:ロマ7、15)

たとえ難しくて長い過程をたどることが必要であると言っても、信仰の養成を行いたいと思ったのであれば、御言葉によって養成されることと、良心に従って生きることが信仰の養成の二つの大切なポイントになります。

 

1.聖書によって養成されること

御存じのように、4年前から“聖なる朗読”という方法で聖書に親しむように勧めています。

実際に聖書を正しく理解するのは、長い過程をたどることになります。同時に、謙遜な心で御言葉を通して神に近づきたいと思うことと、共同体の交わりを大事にすれば、聖霊の恵みは私達の心を照らしてくださいます。

ですから第2バチカン公会議では、“すべてのキリスト信者を、「イエス・キリストの崇高なる知識」を学ぶよう、特別にまた強く勧める・・・しかし、聖書を読むにあたっては、神と人間との会話ができるよう、それに祈りを加えることを忘れてはならない”と言っています。(神の啓示に関する教義憲章 25)

“聖なる朗読”(ラテン語で、-Lectio Divina- レクティオ ディヴィナ)とは神の御言葉を味わうための方法です。

教皇ヨハネ・パウロ2世とベネディクト16世からも推奨され、聖書へのダイナミックで生活に根ざしたアプローチです。聖書を誠実に、丁寧に読み、真実を得るための枠組みを提供します。

“聖なる朗読”は、すべてのキリスト者に聖書の豊かな真実を開き、教会全体に与えられた恵みです。この方法によって、信者は聖書を読み、理解し、認識を深めて、主イエスの教えのうちに歩む自らの生活の道案内を見いだすように招かれています。

私達の本当の目的は、主の御言葉を読むことによって、主に出会い、聖霊の働きによって、キリスト者としても共同体としても御旨の通りに“新たに創造されることです。

 

2.良心に従って生きること

第2バチカン公会議に次の言葉があります。“人間は良心の奥底に法を見いだす。この法は人間が自らに課したものではなく、人間が従わなければならないものである。この法の声は、常に善を愛して行い、悪を避けるよう勧め、必要に際しては「これを行え、あれを避けよ」と心の耳に告げる。人間は心の中に神から刻まれた法を持っており、それに従うことが人間の尊厳であり、また人間はそれによって裁かれる。”(現代世界憲章 16)

良心の養成の目的は、キリスト者が心の中の声を正しくわきまえ、その声に導かれて生きることです。

キリスト者は、主イエスに出会うことによって、神の声をわきまえ、主イエスの価値観を受け入れることによって、その声に従って生きることを学び、秘跡を通して、主イエスの力をいただき、神の子として生きることができます。

これこそ使徒パウロの教えです。“めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにも見られるものです。キリストは、神の身分でありながら・・・自分を無にして僕の身分になりました。”(フィリ2、4-7)

教会の中で、主イエスに忠実に従い、神の子として生きるためにお互いに励ましあったり見直したりするようになりますが、与えられた聖霊の光と恵みに頼りながら、キリストの道を歩んだり、証したりすることができます。

私達の司教たちも、この姿勢を取るように私達を励ましてくださいます。

“わたしたちのこの呼びかけを受けて、皆さん一人一人が自らの生き方を振り返り、良心に従い、自らの責任において判断し、決断することを私たちは願います。”(日本のカトリック司教団:“命へのまなざし”92)

 

これからも、私たちの共同体の中で、聖なる朗読のことと、良心の養成のことを意識し大事にしましょう。

 

兄弟である神父:ジャンピエロ ブルニ

PAGE TOP